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ハンク・ウェセルマン “ジン”との対話

人類学者ハンク・ウェセルマンがエジプトで出会った精霊(?)“ジン”との対話です。
「スピリチュアルウォーカー」は結構ボリュームがあり、読み終わるまで3週間かかりました。 



***「ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ」より転載開始***

今回の記事

今回はかなり毛色の変わった記事である。「スピリチュアルウォーカー」などの著作で日本でも比較的によく知られている人類学者、ハンク・ウェセルマンと最近の彼の体験についてである。リラックスして読んでいいただきたい。

プロの人類学者

ハンク・ウェセルマンは、コロラド大学ボーダー校で動物学を専攻し、カリフォルニア大学バークレー校で人類学の博士課程を終了したバリバリのプロの人類学者である。昨年の10月、エチオピアで約440万年前の人類、アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)の全身化石が発見され、猿人と人類とを結ぶミッシングリンクが見つかったとされたが、ウェセルマンはこれを発見した国際調査隊のメンバーでもあった。ラミダス猿人の特徴はこの調査隊に参加した人類学者たちが書いた11の論文に詳しくまとめられているが、ウェセルマンもこの論文の執筆者の一人である。現在はハワイ大学などで教えているようである。

ウェセルマンの別の顔

しかし、ウェセルマンには人類学者とはまったく異なった顔がある。それはシャーマンとしての顔である。いや、ウェセルマンがシャーマンの研究者であるというのではない。彼自身がシャーマンなのだ。

30歳の時の体験

今回、アメリカの深夜ラジオの「Coast to Coast AM」に出演し、自分の体験を詳しく語った。

おそらくウェセルマンは60代前半であろうと思われる。ウェッセッルマンが博士課程に在籍していた30歳のころ、彼はスーダンで行われた人類学の調査に参加した。目的は猿人の化石の発掘である。調査隊は現地に長期滞在するため、現地人の部落とはひときわ友好な関係を結ぶように努力したという。発掘にも多くの現地人が参加した。

あるときウェセルマンは、発掘のあと現地の人々とくつろいでいた。すると急に、明らかに誰かに見られているという強い実感に襲われた。その感じは時間が経つにつれ強くなったという。すると、目の縁にちらっとトラの皮を被ったような生き物の姿が見えた。そばにいた誰にも見えないようだった。すると、近くにいたシャーマンだけには見えるようで、その生き物を自分とともに凝視していたという。

ウェセルマンは現地語で「いまのはなにか?」とシャーマンに聞いた。すると、「霊だ」という答えがかえってきた。

ウェセルマンはこの体験をしてから、たびたび同じような生き物と遭遇するようになったという。それはまさに、自分が人類学者として研究している伝統的な部族社会の神話に出てくるような生き物を、じかに体験するようなことだったという。

スピリチュアルウォーカー

しかし、ウェセルマンの体験はこれに止まらなかった。これはほんの始まりにしかすぎなかったのだ。

1994年の夏のある日、深夜ハワイの自宅の寝室で妻と休もうとしていたとき、心臓の鼓動が頭の中で鳴り響いたかと思うと、いきなり鼓動が止まったのだ。するとウェセルマンは、自分の体を抜け出て別の人間の体に入ったのに気づいた。それとともに、ハワイの自宅とはまったく異なる環境にいるのが分かった。それは、自意識が二つあるような状態だという。向こう側の世界にいる別の人物の意識があるが、それをウェセルマンの意識が客観的に観察しているというような状態だ。

ウェセルマンが成り代わった相手は20代後半の屈強なハワイ原住民の青年だった。彼の名前はナイノアといった。ナイノアは、自分が所属する部族から、この部族にはまだ未知の土地の探索を命じられ、長期間の旅に出た。そこは、熱帯雨林の原生林に覆われた土地だった。

これ以来、ウェセルマンは幾度となくナイノアになり、彼の世界を体験した。体験は、たいてい寝る前になんの予告もなくいきなりやってきたという。そして、ナイノアとして熱帯雨林のジャングルを探検するうちに、ナイノアが「偉大な時代」と呼ぶ大昔の過去の時代があったことを知った。それは249世代前、つまり約4900年前であった。ナイノアの探検している熱帯雨林のジャングルにはときおり、巨大なビルの残骸のようなものが見られた。

そこは、4900年後のカリフォルニアであった。現在のカリフォルニアのかなりの部分は水没しており、ところどころに陸地が残っているような状態だった。

ウェセルマンは幾度となくナイノアになり、ナイノアの世界を体験した後、これを本にまとめた。これが「スピリチュアルウォーカー」だ。1995年にベストセラーになっている。読んだ方も多いと思うが、プロの人類学者が自らの実体験を綴った名著である。お勧めの本である。

ウェセルマンのその後

「スピリチュアルウォーカー」の執筆以降、ウェセルマンはプロの人類学者らしく、自分の体験した世界がいったいなんなのかその解明に情熱を注いだ。自分の体験した世界は、特定の周波数の脳波のもとで現れる世界であり、現実というのは、異なった種類の脳波に合わせて複数存在していることが分かった。

ウェスルマンが体験した世界は4から7ヘルツのシータ波のもとで現れる世界だという。ウェスルマンの脳に興味をもった大脳学者が彼の脳波を計測したところ、シータ波の数値が異常に高いことが分かった。

さらにウェスルマンは、シータ波から現れる世界は、多くの伝統的な部族社会でシャーマンが体験している世界であり、そしてそれは、どの部族社会でも行われているドラムの特定のリズムを再現することで、現代のわれわれも比較的に難無く体験できることを発見した。

ウェスルマンのワークショップ

いまウェスルマンは、古代から延々と受け継がれてきたドラムのリズムに合わせ、自分が体験した世界を多くの人々にも体験してもらうワークショップを多数開催している。そうしたワークショップでは、普通の現実とは異なった次元に存在する新たな世界と、そうした世界に存在する生き物たち(霊たち)と直接出会うのだという。

いつものワークショップは、大学や学校などの普通の環境で行われる。だがときおり、遠方の霊と出会うためにエジプトなどにツアーを敢行し、ピラミッドや古代の神殿の中で行うのだという。

ウェスルマンは自分の体験をブログで詳しく報告している。その報告には驚愕するものがある。

エジプトの体験

2009年12月8日、ウェスルマンは王家の谷の近くにあるラムセス3世の葬祭殿、メディネト・ハブに立ち寄った。そのときウェスルマンは、暗がりから自分を見ている目を発見したという。その日は大人数のツアーをガイドしていたので、翌日の9日、ウェスルマンだけで再度訪れた。

ウェスルマンを見つめていたのは、明らかにこの現実には属さない生き物であった。彼はコーランに記載されており、イスラム教の創始者のムハンマドも交流したといわれるジンという存在だった。男性はジン、女性はジニーと呼ばれる、アラビアンナイトに出てくる存在である。

ウェスルマンは、ジンとの間の実に興味深い会話を記録し、これをブログに発表している。以下がその簡単な要約である。

ジンとの会話

最初にジンは蜂蜜を欲しがった。そこで私はジンに、彼の名前を教えてくれれば蜂蜜を渡すことを約束した。ジンは自分の名前を知っているものに対してはウソをつくことができないと神話にあるからである。ジンは同意したので、私はボール一杯の蜂蜜をイメージすると、それを目の前のジンに差し出した。するとジンはそれをゆっくるりと飲み干した。

ジン:
私はジンである。人間こそが創造者であり、われわれジンにはそのような能力はない。模倣するだけである。だが、これで私はあなたに仕えることができる。

ウェセルマン:
私に仕えるといっても君は何ができるのか?

ジン:
あなたを敵から守ることができる。

ウェセルマン:
私は他者を傷つけるようなことはしない。君はヒーリングのようなことはできるのか?

ジン:
人間の魂には運命が刻まれている。同意を破ることなくして、人間の運命に介入することなどわれわれにはできない相談だ。

ウェセルマン:
それは誰との同意なのか?

ジン:
世界を監視している上位の存在との合意だ。

ウェセルマン:
ジンはその上位存在よりも下位の存在なのか?

ジン:
もちろんそうだ。若いジンはときどき常軌を逸した行動をとるが、上位存在たる監視者は彼らにアプローチし、適切に行動するようにたしなめる。

ウェセルマン:
君のいう監視者とは誰のことか?

ジン:
高い知性をもった上位存在でこの世界に責任をもつ存在だ。われわれジンは人間の運命には介入できない。

ウェセルマン:
それはグノーシスでアルコンと呼ばれる支配者のことなのか?

ジン:
あなたはアルコンのことを知っているのか?だがアルコンは霊ではないぞ。上位存在ではない。彼らは人間の思考が作り出した産物だ。それらは人間の思考に寄生してる存在だ。

ウェセルマン:
思考に寄生している?どうやってそんなことをするのか?

ジン:
人間の思考や、人間が信じている信念の体系から直接エネルギーをもらうことによってだ。彼らは、人間が彼らに関心をもっている限り生き続けることができるが、人間が関心をもたなくなるとエネルギーがなくなり消え去ってしまう。彼らは本当の霊ではない。こうしたアルコンをわれわれジンは「欺くもの」と呼ぶ。ジンと同じように彼らは模倣はできるが、創造はできない存在だ。

ウェセルマン:
ならば彼らは地球外生物のような存在なのか?

ジン:
「欺くもの」は人間の信念体系からエネルギーをもらい、さまざまな姿形で現れることができる。そうした存在の中には他の世界からやってきたものもいる。

ウェセルマン:
他の世界?なぜこの世界にやってくるのか?

ジン:
彼らは訪問者としてやってくる他者である。

ウェセルマン:
そうしたエイリアンはなぜ人間を拉致して実験などに使うのか?

ジン:
彼らはそんなことはしない。そのようなことをするのは「欺くもの」である。

ウェセルマン:
「欺くもの」?なぜ彼らはそんなことをするのか?

ジン:
人間は「欺くもの」よりも偉大である。あなたは彼らのことをアルコン(支配者)と呼ぶが、彼らは人間のように創造することができないのだ。彼らができることは模倣することだけであり、そのエネルギーも人間から引き出しているのだ。人間だけが力があり、「欺くもの」はその力が欲しいのだ。

ウェセルマン:
君のいう監視する上位存在はなぜそのようなアルコンが人間に介入するのを止めさせないのか?

ジン:
「欺くもの」は霊ではない。それは、人間の思考に住んでいる存在だ。だから上位存在は影響を及ぼすことはできないのいだ。

ウェセルマン:
ところで、君達ジンはもともとどこから来たのか?

ジン:
すべてのジンはグノーシスではソフィアと呼ばれている精神の現れである。ジンだけではなく、この世の存在すべてがソフィアの現れである。

ウェセルマン:
ソフィアとはなにものなのか?

ジン:
ソフィアはこの世界を作り出している精神である。

ウェセルマン:
ソフィアは物質的な存在なのか?

ジン:
そうだ。この世界そのものがソフィアの物質的な現れである。

ウェセルマン:
ではソフィアは女神なのか?

ジン:
分からない。ソフィアは意識のある光として出現した。ソフィアが夢に見るすべてのことが現実となる。

ウェセルマン:
ところで、ジンは魂をもっているのか?

ジン:
あらゆる存在は魂をもっている。

ウェセルマン:
では位の高いジンと低いジンはいるのか?

ジン:
いる。

ウェセルマン:
君は位の高いジンなのか?

ジン:
いや違う。

ウェセルマン:
では位が低いジンなのか?

ジン:
いやそうではない。

ウェセルマン:
位の低いジンとはなんなのか?

ジン:
位の低いジンとは、自己意識が芽生えつつある魂のあるエネルギー体のことだ。

ウェセルマン:
彼らはどこで生まれたのか?

ジン:
ソフィアからだ。ソフィアは夢を見る。その夢の産物がジンだ。

ウェセルマン:
ということは、位の低いジンというのはオーブのことか?

ジン:
オーブというのは、魂をもった成長過程の光のことだ。彼らは人間の感情と思考に興味を持ち、人間に引き寄せられる。

ウェセルマン:
彼らはジンなのか?

ジン:
これからジンになろうとしている存在だ。

ウェセルマン:
話は変わるが、クロップサークルは君達ジンが作ったものなのか?

ジン:
いやそうではない。おそらくクリップサークルは人間とは異なる高度な知性が、人間に警告するために作ったものだろう。

ウェセルマン:
ところで、神が人間を作ったのだろうか?

ジン:
いやそれは違う。人間はソフィアの現れである。

ウェセルマン:
ということは人間はソフィアの創造物ということか?

ジン:
いやそれも違う。ソフィアは創造はしない。ソフィアは夢を見て、その内容を発散するだけだ。意図的に創造するのは人間だけだ。

ウェセルマン:
ならば、人間の魂もソフィアの夢の発散で誕生したのか?

ジン:
いや違う。人間の魂を創造したのは創造主だ。感情は人間の身体と一体化し、それは人間に属している。魂はそれとは異なる。魂は魂である。それは霊であり、人間ではない。

ウェセルマン:
ではキリスト教やユダヤ教などの一神教のとなえる父なる神は君のいう創造主のことなのか?

ジン:
いや違う。

ウェセルマン:
では一神教がヤハウェ、エホバ、アラーなどと呼ぶ神はなにものなのか?

ジン:
こうした神こそ先に述べた「欺くもの」である。それらはグノーシスの言葉でいうなら、支配者アルコンのことだ。

ウェセルマン:
支配者アルコンとはなにものなのか?

ジン:
それは人間の思考に寄生している存在で、作られたときから人間の敵として機能している。

ウェセルマン:
ということは、そうした一神教の神というのは、人間が信じているように創造主ではないということなのか?

ジン:
これらは「欺くもの」であり、なにも創造することはできない。これらはアルコンなので、模倣しかできないのだ。

ウェセルマン:
ではこうした一神教の神はなぜこれほどまでに強力で、人間が崇拝する存在なのか?

ジン:
これらは「欺くもの」であり、それらこそが創造主だと強く信じる人間のエネルギーで生かされているだけである。それらが創造主であるはずがない。

ウェセルマン:
それらは創造主ではないのだな?

ジン:
その通りだ。それらは支配者アクロン(欺くもの)だ。

ウェセルマン:
ではそれらは悪魔なのか?

ジン:
そうではない。

ウェセルマン:
それらは善悪を対立させ、否定的な状況を作り出すのか?

ジン:
そうだ。それらは人間に道を誤らせる存在だ。

ウェセルマン:
なぜそんなことをするのか?

ジン:
それがそれらの性質だからだ。それらは「欺くもの」なのだ。

ウェセルマン:
では、悪のもともとの源泉はなにか?

ジン:
悪の源泉は人間そのものだ。一神教の神として現れる「欺くもの」は人間に過ちを犯すように働きかけ、人間が自分で過ちを正すことができない地点にまで人間を追い込んで行く。ここにきて人間は悪を行うのである。人間こそが創造者なのだが、人間は「欺くもの」に影響されている。

ウェセルマン:
ということは、悪というものは人間が創造しない限り存在しなかったというわけだな?

ジン:
そうだ。

ウェセルマン:
では一神教の神として現れている支配者アクロンは悪なのか?

ジン:
いやそうではない。それは人間の敵として機能している「欺くもの」だ。

ウェセルマン:
宗教戦争があまりに多いのはこれが理由なのか?また、中世にはあまたの女性が魔女狩りの犠牲者になったが、それが理由なのか?

ジン:
そうだ。ユダヤ、キリスト、イスラム教の神は支配者アクロンであり「欺くもの」なのだ。これらの影響で人間はとてつもない悪を行うようになったのだ。だが、それらはまだ人間に悪い影響を及ぼしている。

ウェセルマン:
それらはまだそんなことをする力を持っているのか?

ジン:
「欺くもの」である支配者アクロンは力など持ってはいない。それらは創造者ではないのだ。人間こそが創造者であり、なにを創造するのかは人間次第なのだ。人間が、自分自身に悪影響を及ぼすものをものを作ったのだ。

ウェセルマン:
ということは、選択は全部人間にかかっているということか?

ジン:
まったくその通りだ。人間は悪も創造できるし、善も創造できる。

ウェセルマン:
では、悪にはどうやって対処すればよいのか?

ジン:
私には分からない。それは人間の責任である。もし悪を創造できるなら、それを消すことだってできるはずだ。

ウェセルマン:
どうやって消すのか?

ジン:
悪の反対を創造することでだ。人間の思考を変えればそれはわけがないことだ。一神教の神は「欺くもの」なので人間の思考と感情からすべてのエネルギーを得ている。人間こそが創造者なので、すべての選択は人間にある。だが、「欺くもの」を信じてしまうと、これらの言うなりになり、悪い影響を得てしまう。一神教の神は、人間の貪欲、競争心、自己欺瞞などを喜び、戦争と暴力を引き起こす。

ウェセルマン:
もう一度聞くが、われわれ人間が神を作ったということなのか?

ジン:
その通りだ。

ウェセルマン:
では創造主とだれのことなのか?

ジン:
誰も知らない。大いなる神秘だ。

ウェセルマン:
では、創造主はどこにいるのか?

ジン:
あらゆるところに存在している。

ウェセルマン:
創造主があらるゆところにいるということなのか?

ジン:
いや、創造主は意図して創造はしない。発散するだけだ。意図的に創造するのは人間だけだ。

ウェセルマン:
では、そうした創造主をわれわれ人間がコミュニケーションをとることは可能なのか?われわれ人間の祈りを聞いてくれるような存在なのか?

ジン:
いやそれは不可能だ、創造主は存在し、自らを発散しているだけだ。

ウェセルマン:
では君の言うこの創造主が本来の神のことなのか?

ジン:
いいや、違う。それは創造主だ。神ではない。

ウェセルマン:
ではわれわれ人間の祈りの声を聞き届け、それを実現してくれる神はいるのだろうか?

ジン:
もちろんいる。そのような神こそ人間自身の魂だ。人間の中で死なない部分こそが魂だ。人間の魂は本物の霊で、霊の世界に住んでいる。それはいつもまどろんでおり、夢を見ている。

ウェセルマン:
何の夢を見ているのか?

ジン:
自分自身の夢だ。

ウェセルマン:
ということは、われわれが大いなる神に祈っているときは自分自身に祈っているということなのか?

ジン:
その通りだ。人間は自分自身の魂、つまりハイアーセルフといわれる神としての自己自身に祈っているのだ。魂をもつ霊的な存在である人間は、神的な存在になる過程にいるのだ。そして君達が夢をみるとき、その夢はハイアーセルフの夢なのだ。

ウェセルマン:
ジンは人間のような神的な存在なのか?

ジン:
われわれも神的な存在であり、霊である。そして自由意思をもっている。

ここでこのユニークな会話は終わった。

以上である。一神教の神が人間の創造物であり、一度創造されると逆に人間の思考や感情に悪影響を及ぼすというのは、実に面白い描写である。

ただ、ウェセルマンのこうした体験がどこまで現実のものでどこまでがウェセルマン自身が想像したものなのかははっきりとは確定できない。

しかしウェセルマンがいうには、われわれが普通に日常の世界を体験するように、あまりにリアルな体験として経験されるのだそうだ。そしてそうした体験の引き金になるのは、ドラムによる特定のリズムで脳に与える振動なのだという。

スピリットワールドに覚醒して

この3月に入ってから、ウェセルマンは新著「スピリットワールドに覚醒して」を出した。ウェセルマンが経験したシャーマニスティックな世界の集大成であるという。

そしてこの本にはCDがついてくる。それは、脳を刺激しシータ波の発生を促進させるドラムの音だという。ウェセルマンがいうには、横たわってリラックスして、ヘッドフォンで10分も聞くとたいていは誰でも何か大きな変化が感じるそうである。

本はいまアマゾンでめちゃくちゃ売れている。ベストセラーになること間違いないようだ。

筆者もさっそく注文した。体験はブログで報告する。

続く

***転載おわり***

本日もありがとうございました!
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宇宙を貫く「ありがとう」の法則


*** 「心のふれあい」さんのページより転載開始***

宇宙を貫く「ありがとう」の法則  小林正観


生き方探求人間学誌「致知」2003.1月号抜粋

いくつもの神秘的な体験を経て、長年宇宙に潜む法則を
研究してきた小林正観氏は、「ありがとう」の5文字に数ある中でも
最高の波動があることを知る。
ありがとう、ありがとうと繰り返し口にしていると、
健康はおろか運命までも変化させるという法則を発見し実証。



* 「ありがとう」の5文字に秘められた不思議な力 *


ここに、どのような時も「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と
繰り返し唱えている人がいるとします。
するとその人は、言葉の波動を受けて体内の水や血液が再生し健康体になります。
精神も豊かになり、人間関係も円滑になってきます。

そして「ありがとう」の数がある一定の数を超えた場合、
奇跡としか言いようのない現象となってその人に降りそそぎます。
「ありがとう」を宇宙に発し続けていれば「ありがとう」と
言わざるを得ない現象が次々に招き寄せてくれるのです。

私は宗教者でもなければ、いかなる宗教団体に所属したこともありません。
むしろ逆に、若い頃は学生運動に明け暮れていた、唯物論者でしたし、今もです。
30年来超常現象や人間の潜在能力に関心を抱き、
その因果関係を研究してきました。

私自身、偶然とは考えられないいくつもの神秘的な出来事にも多く遭遇し
その結果宇宙にはある種の方程式があることがわかりました。
でも私は唯物論者です。むやみに神仏を信じたり、すがるようなことはしません。
一つの現象が仮定された場合、何度も実証を重ねて客観的な事実として
確認する、という作業を繰り返して宇宙法則にたどり着きました。




* 発する言葉が健康を左右する *


二つのペットボトルを用意し、一つには「ありがとう」、もうひとつには
「ばかやろう」と書いて東京との水道水を入れます。
一晩置いた水を凍らせて結晶を撮影すると、「ありがとう」と書いた
水道水だけに、宝石のような美しい結晶ができるのです。
一方の「ばかやろう」と書かれたほうは、かわいそうなくらいに
無残に変形します。
色々な水を使って実験を繰り返しましたが、結果は一緒でした。

人間の体は70%が水でできています。
だとすれば「ありがとう」の言葉を沢山投げかければ、
この実験と同じように体内の血液や体液も変わり、健康を維持できるのではないか。
私はそのように仮定し、実証ししてきました。

「ありがとう」を唱え続けたがん患者からがん細胞が消えたり、
医者から失明を宣告された人からいつの間にか目の病が癒えていたり、
手術が必要と言われていた子供さんの心臓の穴が塞がったり、
各地で信じられないような奇跡が次々と起きたのです。

ある公演会場での話しです。
末期がんと診断された人が、会場の前に出て
「私は生き延びたいからありがとうの声をかけてほしい。」と全員に呼びかけました。

そこで会場に集まった200人が1分間100回、
その人に合計2万回のありがとうを浴びせました。
ありがとうを言うみんなの目からは涙が溢れ、会場は何とも言えない
暖かい雰囲気に包まれました。
そして3日後の精密検査でその人の体からがん細胞が消えた、という報告がきました。



* 予期せぬ幸せがどんどん舞い降りる *


さて、2001年9月8日に届いた情報の中身です。
メッセージによると「ありがとうを数多く唱えると奇跡が起きる」というのです。
具体的には「ありがとうを年齢×1万回唱えると第一段階の奇跡が起きる。
望んでいたことが実現する」という内容でした。

私は5年ほど前から「ありがとうを言っていたら、何かいいことが起こりそうだ」と
気づいて仲間に話していたのですが、2001年になってその数が
80万回、100万回に達する人が出てきました。
するとその人たちの間で、絶対に合格不可能な大学に入学出来たり、
難病が治ったり、色々奇跡が起き始めたのです。

さらにその次のステップとして年齢×2万回のありがとうで第2段階の奇跡、
年齢×3万回で第3段階の奇跡が起きるというメッセージが届いています。
第2段階の奇跡とはある人がありがとうを唱えることで、
その家族や友人が考えてもいなかった現象を手に入れること。
第3の奇跡になると、本人も家族も友人も誰も念じたことも考えも
しなかった現象が勝手にどんどん降ってくるのだそうです。

2000年、私はアメリカの大学の心理学博士号を取得しました。
私は何も知らなかったのですが、私の本の内容がかなり良いというので
私に博士号を贈ると決めていただいたようです。

思いもかけぬ事件でした。
奇しくも確認証が発行された11月9日は私の20世紀最後、
52歳の誕生日でしたので、向こうから「こういう偶然が本当にあるのか」と
電話してきたほどでした。
そして実はこの時、私の「ありがとう」の回数が年齢(52歳)の
3万倍を超え160万回に達していたのです。



* 損得勘定で生きる人は怒らない *


私は宇宙法則の研究家ですが、方程式そのものには関心があっても
「なぜそうなるのか」という部分には興味はありません。
法則に則ると確かに信じられないようなことが起きます。
それが面白くてこれまで研究を続けてきました。

しかしそれは宗教でいう信じる信じないというレベルの話ではありません。
実際にやってみれば誰もが結果を出せます。
言葉の力を「言霊」として説明しない理由もそれです。

だから私の話は人格論や精神論ではありません。
私は正しい生きかたをしようとか、立派な人になりましょうといった話は
好きではないし、他人にそういうことを説くことはしないようにしています。

他人がどういう生き方をしようと私には関係ないと考えているからです。
誤解を恐れずに言えば私の価値基準は1つ、損得勘定です。
つまり自分にとって得なことはやるけれども、損なことはやらないというそれだけです。
これはほかのどの先生とも違うところかもしれません。

おもしろいことに、損得勘定が完全に頭に入ってしまうと、
人間は声を荒げなくなります。 イライラしなくなります。
声を荒げイライラした結果、人間は自分で毒液を出して、
その毒液が五臓六腑をどんどん痛めつけます。
誰が一番損をするかというと、その言葉を発した本人ということになります。

こういう実験があります。
一升瓶に普通の心理状態で息を吹き込み、そこにハエを入れると
40分位で窒息死します。
ところが激怒した状態で同じ実験をすると中のハエは3分位で死んでしまいます。
毒死です。
人間が怒った時は自分で気づかないだけで毒気を吐いているのです。

私たちは体調が悪い時、よく愚痴や泣き言を言いがちです。
本人は病気ゆえに愚痴をこぼしているように思っているでしょうが、
実は不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句(私はこれらを五戒と呼んでいます)
という否定的な感情が肉体を蝕んでいるらしいのです。

私と親しいある外科医の話ですが患者の家庭環境を分析した結果、
怒鳴りあっている環境で生活している人と、穏やかな言葉が飛び交う
家庭で生活している人とでは、明らかに前者のほうが病気になる確率が高いと
いうことが分かったと言います。

宇宙の方程式からすれば先ほどの実験のように「ばかやろう」「つらい」
「悲しい」といったネガティブな言葉が体内の水の細胞を破壊し、
それが病気を招く原因となります。言葉の持つ力は大変なものです。

何よりも大事なのはっ笑って愉快に生活すること。
その為に私たちが発すべき言葉は うれしい、楽しい、幸せ、
愛してる、大好き、ありがとう、ついている、の7つ
(これを7福神ならぬ「祝福神」と呼んでいます)です。
そうすれば健康になるし、幸せになれるし、つまりは自分の人生に
大変得になるということになります。



* 「ありがとう」の言葉を体全体の細胞が記憶 *


これらの「祝福神」を、せっかくなら心で思うだけでなく
実際に声に出すとよいでしょう。
小声でもいいから声帯を震わせることで、その感触を
体全体の細胞が記憶するからです。

もうひとつ大切なことがあります。
宇宙の方程式からみて、ありがとうを繰り返し言っていると
いいことが起きるというお話をしました。

しかし心を込めなさい、とは言っていません。
心は込めなくていいというのが私の考えです。
これもほかの先生と大きく違う点です。
もちろん心を込めるにこしたことはありませんが、
込めなくても大きな効果が得られるところが「ありがとう」のすごいところです。

たとえば自分に意地悪をする姑に心からありがとうを言うことはなかなか困難です。
でも心を込めなくてもいいと教わると気楽にできるでしょう。
姑というより宇宙に対してどんどんありがとうを発信するつもりでやればいい。
その結果、なぜか姑との関係は驚くほどよくなっていきます。
こういう実話は数多く報告されてきました。

ありがとうという言葉の振動は水蒸気に伝わります。
水蒸気は宇宙に充満していて切れ目がありません。
発した情報は水蒸気を通して直接相手の鼻から吸収されます。
唯物論的に言えば、その方に説明できるかもしれません。



* 自分の発した言葉が自分の人生をつくる *


人間は自分の発した言葉で人生をつくります。
私の周囲の環境や自分が立たされた状況は
すべて自分の発した言葉によって形成されています。
ですから朝から晩までうれしい、楽しい、幸せ、愛してる、
大好き、ありがとう、ついてる、と言い続けると、
この言葉しかこの言葉しか言いたくなくなる人生に囲まれてしまいます。
私の回りの多くの人がそうなってしまいました。

私には最近、次のようなメッセージが届いています。
7つの「祝福人」を年間、5千回唱える人は、
その言葉を再び言いたくなるような現象が来年、5千回降ってくる。
逆に嫌だ、嫌だ、疲れたという否定的な恨み言葉を5千回発すると、
その言葉を言いたくなるような現象が、来年5千回降ってくる・・と。

もちろん5万回発すれば5万回、10万回発すれば10万回
降ってくるという意味です。
私は自分や仲間たちの身の回りに起こる現象を知れば知るほど、
このメッセージが正しいと納得せざるを得ません。

口先だけだったありがとうを何万回、何十万回と繰り返すうちに、
身の回りのありとあらゆることが本当にありがたいと思えるようになりました。
損得勘定でやってきたら、最後にはひとつのありがとうの言葉に
真心がこもるようになりました。
そして、いま本当に幸せを実感しています。

宇宙に大してありがとうの言葉を投げかけていると、
誰が一番豊かになり得をするのか。 それは自分です。
このことに改めて思いをめぐらせていただきたい。
宇宙の方程式はシンプルですが、やればやるほどその深さに驚くことでしょう。

*** 転載終わり ***

小林正観さんは、講演テープを聴いたり本を読んだりしていますが、大好きな方です。
プロフィール

ぽっぽ

Author:ぽっぽ
関西在住の普通の会社員です。

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